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蔵 前

地理

台東区の南東部に位置する。町域東部は隅田川を境に墨田区本所・横網にそれぞれ接する。南部は台東区柳橋に接する。南西部は台東区浅草橋に接する。西部は新堀通りに接し、これを境に台東区三筋・台東区鳥越にそれぞれ接する。北部は春日通りに接し、これを境に台東区寿・台東区駒形にそれぞれ接する。町域内は商業地・住宅地が混在している。江戸通り沿い付近を中心におもちゃ問屋が並んでいることでも知られている。

 

歴史

江戸時代まで

蔵前という地名はこの地に江戸幕府の御米蔵(浅草御蔵)があったことに由来する。

この蔵は幕府が天領他から集めた米を収蔵するためのもので、元和6年(1620年)に鳥越神社の丘(鳥越山)にあった三神社のうち二社を移転させ、丘の切り崩しによって隅田川を埋め立てて造られた。その総敷地面積は36646坪(ただし『御府内備考』は27900坪とする)、東を隅田川、他の南北西の三方を堀で囲み、67棟の蔵があった。

 

明治以降

明治元年(1868年):浅草御蔵と蔵奉行以下の役宅地は明治政府が管理することになり「政府御蔵」と称され、南側を農商務省が、北側を大蔵省が管理した。以降、官公庁関連の施設が多く集まるようになる。

明治7年(1874年):政府は大成殿大講堂を会議場とするため、ここに置かれていた書籍館蔵書を浅草御蔵に移し、閲覧所を新築して翌明治8年(1875年)に内務省管理の浅草文庫として開館した。直後に湯島聖堂に博物館併設の東京書籍館が置かれたが蔵書は引き続き置かれて蔵前閲覧所とされた。

 

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